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第1回 CMSI ポスター賞の受賞者

CMSIの若手研究者たち

『Torrent』はCMSIの交流の場です。
今回は、1月5 ~7日に物性研・CMSI・次世代ナノ情報*合同で開催した研究会「計算物質科学の課題と展望」でポスター賞を受賞した3人が集まり、それぞれの研究のこと、スパコンとの関わり、CMSIでの交流、若手のつながりなどを語ります。

 

* 物性研:東京大学物性研究所
次世代ナノ情報:次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェアの研究開発 次世代ナノ情報機能・材料グループ

 

みんな理論好きだがアウトプットもほしいタイプ

 

大野 三澤さんは「多変数変分モンテカルロ法を用いた鉄系超伝導体の有効模型の解析」で最優秀ポスター賞を受賞、諏訪さんは「詳細つりあいを満たさないマルコフ連鎖モンテカルロ法」で優秀ポスター賞を、芝さんは「陽に溶媒を取り込んだ生体膜分子シミュレーションの超並列計算に向けて」で審査員特別賞を受賞しました。偶然、3人とも物性が専門ですが、志した動機などは違うと思います。まずは自己紹介から。
三澤 学部の頃から自分で考えたり計算したりすることが好きで、理論に進もうと思っていました。物性物理を始めたのは大学院から。物性は、素粒子や原子核に比べると、計算と実験を比較しやすいのが魅力です。今までの研究も物性のなかでは実験に近いところをやっています。
諏訪 物性は「わかること」を楽しめる分野だと思います。素粒子はあまり身近でなく、化学や生物は仮定をたくさん置く必要があってなかなかわかった気になれない。物性は公理や原理から少ない仮定で身近な問題を考えられます。学部の卒論研究では実験が必須だったので、大学院に進む時に理論をやってみようと思った。研究室はモンテカルロ法を中心にやっており、所属して以来、モンテカルロ法のおもしろさにはまっています。受賞テーマはモンテカルロ法の一般的な改良で、ずっと考えていてあるとき突然アイディアが湧きました。
2人は量子系ですが、私は古典一本槍です。漠然と理論をやりたいと思っていましたが、学部の卒業課題で実験の研究室に配属されました。そこでソフトマターや線形非平衡実験などに触れ、「まずはやってみる」ことが面白く、理屈とかけ離れた側面があると感じました。修士課程のときの研究室ではかなり本格的な数値計算をやっていたので、「まずはやってみて、意外なことは何かを考える」シミュレーションに入りました。
大野 みんな理論好きで、公理から物事を突き詰めていくのが楽しい。それだけでなく、アウトプットとして目に見えるものもほしい。それが共通点。
計算からのアウトプットを実験に使ってもらうなど、実験の人とのコラボはしていますか。
三澤 ある物質の有効模型を解いたりしているので、実験事実の解釈や理論との整合性などについて、実験屋と密接に議論します。
大野 私自身は材料科学分野で計算をしていますが、実験屋とコラボしようとすると、彼らが計算に求めるところと、計算に出来ることとの間に大きな隔たりがあって、埋まらないことがしばしばです。物性ではどう?
諏訪 同じです。理論屋が示したモデルで説明できないところがあると、実験屋はむしろ喜びます。理論屋はまとめようとしますが、実験屋はそこから飛び出そうとする。
大野 確かに。単純な系なら両者が合うのでしょうが、現実的な系では実験結果を出すようなシミュレーションはなかなか難しいですね。
古典分子動力学をやっている芝さんは、新しいスパコンを使えば実験屋がほしがっているところに近づけるという印象をもっていますか。
古典モデルのシミュレーションは計算スケールが計算機の能力に応じて拡大しやすい側面があり、実験屋の求めるところにある程度行けるのかもしれない。しかし、計算を無限にたくさんできるわけではないから、何を選ぶかは依然問題です。技術的にできないわけではないが、何をやるかをもっと考えていかなくてはいけない印象ですね。
大野 計算サイドから実験サイドに求めることはありますか。
今までは計算できたところに実験が降りてきたが、今は計算が実験に追いつこうとする、あるいは実験がやっていることを発展させるために計算するという意味合いが強いと思います。計算の大規模化によって両方は少しずつ近づいていくのでは? コラボは重要ですね。
三澤 量子系だと、光格子というのが最近流行っていて、ハバードモデルを解く理論屋と光格子の実験屋のコラボが進んでいます。理論で計算パラメータを振るようなことが、実験でもできるようになりつつある。

 

スパコン「京」に何を求めるか、何ができそうか

 

大野 スパコンとの関わり方について聞きましょう。「京」があればこんなことができそうだ、と思い描いていることはありますか。
諏訪 古典系だと、メゾスコピック系のシミュレーションに届くようになれば、輸送現象などを詳しく調べられるかもしれない。
ソフトマターについては、流体力学的なマクロな記述とミクロレベルとにギャップがあって、それがなかなかつながらない。つなぐ努力が必要だと思いますが、一方で一つの手法でそこを突き抜ける何かを見いだしたいとも思います。
諏訪 量子系でうまく並列化できている計算は少なくて、私がやりたいと思っている広いモデルに使えるような計算だと、並列化が根本的に難しい状態。「京」を使いこなすためには、手法自体の開発が求められています。
三澤 「京」を数万コア占有的に使えれば、たくさんの物質を系統的に探索しやすくなる。
大野 普段は今あるマシンパワーで出来ることを探してやっている状態で、いきなり新しい大きなマシンが与えられて、「さあ、テーマは?」と問われると、確かにちょっと難しいところがありますね。今後「京」を使うとなると、直接の研究テーマとは違う計算機科学の知識を増やす必要が出てきます。
計算機のことを知らないで物性だけ知っていても結果がでない状況になりつつあるが、計算機をよく知っているからといって物性について何か結果が出るわけではない。そのバランスをどう考える?
諏訪 私は並列化の細かいテクニックを極めるより、計算の方法の根本的な部分をやりたい。
この数カ月、並列化ばかりやるなかで、あちこちのスパコンを使ったが、理屈よりも実際にさわって努力することも大事かな、と思います。
大野 コードやアルゴリズムの開発とか並列化処理にどのくらい時間を割いていますか。今回の受賞対象研究の場合はどう?
三澤 他人が作った資源を部分的に利用しているので、ゼロから自分で作ったのは2割ぐらい。むしろ計算時間のほうが長くかかりました。システムサイズの3乗で計算時間が増えるので、2倍大きくなれば計算時間は8倍です。
昨年9月から本格的に並列計算を始めて、3カ月間ずっと引きこもり状態でやりました。だから今回は100%(笑)。
諏訪 普段の姿勢として、今までぜんぜんできなかったことを手法の解析から挑戦して一気に理解しようとしているので、プログラムやアルゴリズムの開発がメインになっていますね。

 

物理屋は融通無碍、ミクロで大雑把マクロで精密

大野 CMSIのメリットは異分野の人と関われることですが、他の分野にどんな印象をもっていますか。計算するときの哲学も分野によって違うのでは?
物理系のソフトマターの研究者が分子動力学をやるときは大胆にモデル化しますが、分子科学系の人はまじめなモデルをスパコンまで持っていく印象です。
大野 なるほど。「第一原理」という言葉も、分子科学と材料科学では使い方が違う。化学系の人は電子相関を考慮した厳密な計算をするようで、それを第一原理と呼ぶようです。
諏訪 物理屋はある意味で適当なところがある(笑)。
大野 物理では必要以上に厳密さを追わないということも多い。その結果、ミクロでは大雑把だがマクロではきちんと精密、ということもありうる。
異分野との交流を広げたい気持ちはありますか。材料と物性では似た物質を対象にすることがあるが、学会も違うので交流があるとは言えません。一緒にやってみると、多様な視点が入っておもしろいのでは?
諏訪 私のやっているモンテカルロ法は広い分野で使われ、ニーズも多い。いろんな人の意見を聞くと、手法についてアイディアが出そうな気がします。モンテカルロ法は1950 年代に物理から発祥して広がり、1990年代以降は統計学などでも使われていますが、それまでに40年もかかっている。もっと速く広がるようにするには、分野間の交流を盛んにして問題意識を共有するとプラスになるはず。個人的にはいろんな分野の手法をチェックするようにしています。
大野 諏訪さんの仕事は波及効果が大きいから、他分野の人が目をつけてくれるとおもしろい。
諏訪 分野間交流にあたって難しいと思うのは、用語が違うこと。それで交流があまり進まなかったと思います。
物理はモデルをすっかり変えたりしますが、化学はそれぞれの原子のモデルをライブラリ化して使い回す。物理の分子動力学は融通無碍にやっていこうというスタンスがある。超並列化に耐える分子動力学の枠組みを作ることは双方に有用だろうとは思います。
諏訪 物理屋はメカニズムに興味があり、化学屋は物質自体に興味がある。モデル化する時も、細部を省略して抽出しようとするのが物理で、化学は原子や分子の性質をそのまま使っていこうとする。
三澤 量子化学の人は定量性にこだわることが多いのでは? 物理では本質がわかるミニマムな模型を考えようという立場をとる人が多く、定性的です。受賞対象となった今の研究は量子化学に近くて、第一原理的に現実の模型を出して丸ごと解いてしまおうというもの。そのなかでも、強く意識しているのは、できるだけその模型の中にどんな本質が隠れているかを明らかにしたいということ。その点は物理的かな。欲張りなんです(笑)。

 

CMSIで異分野交流、情報交換、若手のつながりを

大野 スパコンを使うかどうかによらず、CMSIがもたらす交流から期待するのはどんなことですか。
三澤 大規模計算のノウハウを他分野からもらえるとうれしい。論文にはなりにくいですが、情報交換できるといい。第1回のCMSI研究会では普段は会えない人たちに聞いていただき、刺激になりました。
大野 CMSIが発足して半年たったが、計算機の使い方のテクニックを知りたいという要望が出ている。そのためには何があると役に立つと思う?
諏訪 プログラムを公開するとか。
大野 研究テーマごとではなく、例えばモンテカルロ法を軸にしてこんなテーマがCMSIにはありますよ、というマップを作ると手法ベースで人が集まるのでは? 違う手法をもつ人との情報交換はおもしろいので、そのきっかけになるマップがあるといいと思う。
諏訪 細かいことまで話ができる小規模な会がほしいです。
賛成。そこにベンダーにも入ってもらうわけにはいかないだろうか。
大野 それはおもしろい。
ベンダーに相談するときのノウハウや相談した内容を共有できるといいですね。相談内容や結果は誰からも見えずにしまわれてしまうから。
大野 実験の場合は、コツなどが論文に書いてある場合があり、それが現象を見るためのエッセンスである場合もある。でも、この計算機にはこんな癖があるというような情報は公開されず、むしろ隠されてしまう。
諏訪 そういうことをみんなが自由にアップする場があって、困ったときに見られるといい。CMSIのウェブページにQ&Aがあれば役立つと思います。
大野 若手のつながりも広がるといいですね。
諏訪 手法開発も評価してほしい。海外に比べて評価されない。
大野 手法開発は資金を取りづらい印象がある。しかし、手法がなくては発展もありません。最後に、CMSIへ期待や苦言をどうぞ。
三澤 組織がどうなっているのか、どうもわかりにくい。
何がどう決まっていくのか、全体像がよくわからない。
大野 次世代スパコンを誰にどんなことに使わせるかを議論して決めるのが元来はCMSIの最大のミッションでした。その後、いろいろの目的が加わったが、萌芽的な研究をいかに汲み上げるかを重視して、みんながハッピーになるように考えたい。
諏訪 では是非、次世代スパコンを使わせて下さい。
大野 2011年4月にいよいよ神戸で「京」を使い始めますが、その次にどんなものが必要かもそろそろ議論をつめる必要がある。スパコンの1世代は5年単位ですから、次世代について遠慮せずに早い段階から声をあげてほしい。
全員 なるほど。わかりました。
大野 皆さんのCMSIでの活動に期待しています。

 

(2011年2月24日 東京大学理学部で収録)

構成:古郡悦子
撮影:由利修一