変分モンテカルロ法による量子スピン液体状態の解明
森田悟史 もりた さとし
東京大学大学院工学系研究科
強相関電子系は、固体中の電子がクーロン斥力によって強く相互作用を及ぼしあっている系である。強相関電子系では、超伝導や量子スピン液体といった非常に多彩な現象が発見されており、基礎物理学的な研究対象としてだけでなく、新現象・新機能を利用した次世代デバイスへの応用の可能性が注目を集めている。強相関電子系のシミュレーション手法として、厳密対角化、量子モンテカルロ法、密度行列繰り込み群などが提案されているが、われわれはより大きく多様な系を取り扱えて、高精度な計算が可能な変分モンテカルロ法に着目し、その開発と応用を進めている。
私はCMSI重点研究員として、スーパーコンピュータ「京」における多変数変分モンテカルロ法プログラムの最適化と、これを用いた量子スピン液体の研究に携わってきた。プログラムの計算アルゴリズムを全面的に見直し、最終的に約60倍の計算速度改善、約2万ノードで90%以上の並列化効率を実現した。この高速化と並列化により、量子スピン液体などの複雑な計算が現実的な実行時間で可能になりつつある。精度に関しても、1次元系において厳密な理論と一致する結果が得られることを確認した。
量子スピン液体は、競合する相互作用(幾何学的フラストレーション)と量子揺らぎの効果により絶対零度でも磁気秩序せず、液体のようにスピンが揺らいでいる状態である。わずかな外力で状態の制御が可能なため、新たな磁気素子への応用の可能性を秘めている。正方格子上のJ₁-J₂ Heisenberg模型は、この量子スピン液体状態が実現すると考えられている典型的な系である。波動関数を一般化し、対称性から基底状態に期待される量子数への射影を入れることで、スピンギャップの開いたスピン液体状態が再現可能であることを、われわれは明らかにした。今後の課題として、現実物質の第一原理有効模型における量子スピン液体状態の解明をめざしている。