相関の強い量子系の新量子相探索とダイナミックスの解明
話し手:今田正俊 いまだ まさとし
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聞き手:大久保 毅 おおくぼ つよし
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この重点課題では、どのような内容の研究を行っていますか?
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物質の性質は、かなりの部分が電子の挙動によって決まっていることが多く、その挙動を明らかにする電子状態の計算が、この半世紀でかなり発展してきました。その中で、特に電子間の相互作用が弱い、半導体と呼ばれる系に関しては密度汎関数法を中心に定量的な物性予測がある程度までできるようになってきています。ですが、電子間の相互作用が強い系に関しては、通常の密度汎関数法の手法ではうまくいかないことが知られている一方、1980年くらいから、例えば、銅酸化物の高温超伝導体を含む遷移金属化合物、分子性結晶からなる有機導体の系、あるいはf 電子系と呼ばれる重い電子の系で、電子間の相互作用が強いことを原因とする興味深い現象がたくさん見つかってきています。
これらの現象は、前世紀に大変な発展をとげた半導体産業と異なる新たな応用の可能性を秘めていると同時に、典型的な量子多体問題として新しい考え方や概念を生み出す可能性があると注目されています。これを、大規模な数値計算手法を使って、スーパーコンピュータで解明していこうというのが、この重点課題の目標です。
具体的には、新しいタイプの量子相、現実にある未解明の量子相を解明することが目標になっています。新しい量子相の中には例えば、新しいメカニズムに基づく転移温度が高い超伝導であるとか、あるいは量子スピン液体を含む種々の量子液体相があります。さらには、相転移という観点から、通常のランダウの相転移の理論の枠組みに従わないような相転移の探索も行っています。また、光誘起相転移であるとか、光電子分光によるポンププローブ法という実験手法の発展により、非平衡の現象も非常に注目を集めていて、これらの平衡から遠く離れた系で起きる現象に関しての基礎学理を明らかにすることも進めています。
この課題には大規模数値計算がどのように生かされているのでしょうか?
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われわれが本当に知りたいのは、アボガドロ数ぐらい多くの粒子からなる系、熱力学極限での挙動ですが、実際の計算はそこまでたどり着くことができないため、できるだけ大きな粒子数で計算を行って熱力学極限に収束することを見極めることが、計算の信頼度の確保に必要です。加えて、量子系を扱っていますので、どれくらい低温を扱えるかも大きな問題です。さらに、非平衡の問題であれば、どれだけ長い時間計算できるかも重要な課題になってきます。また、現実の物質の複雑さをシミュレートしようとすると、さらに計算の負荷が増えます。より現実に近く、大きなサイズで、低い温度で、長い時間で、計算しようとすると、4つの項目すべてが、単独であっても「京」に匹敵するくらいの資源が必要な計算量になっていて、それらを工夫しながら研究を進めることが大事になっています。
現状では、原子数については数百から数十万原子まで、時間ではピコ秒程度までの計算が行えるようになってきています。電子相関の強い現実の物質の物性を定量的に予測する手法が確立してきたのは、ここ10年ほどのことで、本当に現実の物質に即した予測が可能になってきたという点で、今は、歴史的に重要な時期にさしかかってきています。
例えば超伝導を例にとると、今、「京」で取り扱えるくらいの大規模な計算で、はじめて現実の物質の超伝導の安定性の議論ができるくらいになってきました。最近のわれわれの研究では、4年ほど前に発見された鉄系超伝導体の物性について、第一原理的な手法でこの物質群の磁性を計算することで、物質によって電子相関の大きさが系統的に変わっていて、鉄系超伝導体の物性の多様さの原因が、主として電子間の電子相関の強さの違いによっているということを実証することができました。
この重点課題の成果が社会に及ぼすインパクトは何でしょうか。
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この課題の成果としては、 高温超伝導体の転移温度の定量的予測、および、未解明の超伝導機構の解明や、新奇の量子液体の機構の解明、量子相転移の新しい理論的基礎を通じて、新機能物質を探索・開拓すること等を期待しています。また、非平衡ダイナミクスの研究から、スイッチング素子等を例とするような、量子効果を活用した新機能デバイスの設計指針も提案したいと考えています。
電子状態を計算し、物質設計、物性予測に役立てていくというのは、説明の必要がないくらいに社会的に影響のある問題で、半導体の素子、デバイスの問題は言うに及ばず、20世紀以降の産業革命の多くが、ミクロな物質の性質の理解なしには発展させられないものになってきています。新しい産業を生み出していくうえでの理論的なサポートをするという点で、この重点課題の成果は、超伝導を含むエネルギー問題、微細素子のデバイス等の今後の産業にとって、重要な役割を果たしていくでしょう。
また、新しい量子相や新現象を知ることで、今まで知られていなかった自然の構造や法則が明らかになります。歴史を振り返ってみると、素粒子物理、生物、化学等の他の分野に物性物理の新奇概念が与えてきた影響は大きく、そのような新奇概念がスーパーコンピュータを中心とした大規模計算によって、これから明らかになってくる可能性は高いと期待しています。さらに、直接隣接する学問分野だけではなく、概念上の新しい発見、解明は、人類の資産としての文化的な価値があるという点で、社会への大きな貢献と言えるかもしれません。