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[feram] 開発者・西松さんに聞く

電子部品の材料として面白い特性をもつ強誘電体。強誘電体を応用したメモリFeRAMはパソコンをはじめとした最先端のデジタル機器への搭載が期待されている。西松さんが開発したferamはFeRAMなどに使われる薄膜コンデンサをシミュレーションするソフトウェアだ。難しいとされてきた高速シミュレーションが可能となった背景には西松さん独自のアイデアがあった。

 

不揮発性メモリFeRAMへの期待

「強誘電体」という言葉を聞いたことがあるだろうか。電気を通しにくいセラミックスなどでは、外部から電場をかけると、物質自身に電荷の偏り(分極)がおこる。こうした性質をもつものを誘電体と言い、この中には桁違いに大きな分極がおこるものが存在する。それが強誘電体だ。強誘電体は、分極が大きいだけでなく、外部から電場をかけなくても自発的な分極が残り、さらに反対の電場をかけると強誘電体内の電荷の偏りが反転する性質ももつ。強誘電体として知られているのが、チタン酸バリウム(略してチタバリとも言われる)やチタン酸ジルコン鉛(PZT)などのセラミックスだ。チタン酸バリウムは1942年にアメリカ、1944年に旧ソ連と日本でほぼ同時に発見されて以来、その高い誘電率が材料分野で注目され、実用化にむけた研究が盛んに行われてきた。
近年、強誘電体の応用例として特に注目されるのが、コンピュータに搭載されるメモリだ。パソコンの小型化、高速化が加速する中で、新しいタイプのメモリが求められている。PZTなどの強誘電体の薄膜を集積して作られるFeRAM(強誘電体ランダムアクセスメモリ)の開発はその一つだ。FeRAMは強誘電体を使っているため、電源を切っても記憶が消えないメモリ(不揮発性メモリ)を作ることができる。FeRAMが搭載されれば、電源を入れると同時に電源を切る直前まで使っていたアプリケーションをすぐ使うことができるなど、パソコンの消費電力を大幅に削減できる。
しかし、FeRAMをパソコンのメモリとして搭載するには課題が残されている。現在、FeRAMは、 ICカードに用いられるなど実用化の例もあるが、大量のコンデンサとして集積するパソコンのメモリ用にするには微細化がまだ十分ではないため、実用化には耐えられないのだ。その原因の一つが、電極と強誘電体薄膜の間に分極がおきにくい不活性層が発生することだと言われる。ところが、具体的にどういう現象がおこっているのか、数十nmの微細な薄膜の分極をその場で直接観察することは難しい。そこで、コンピュータシミュレーションでの研究が大きな役割を果たすことになるのだ。

 

双極子のふるまいを計算する

西松さんが開発したソフトウェアferam (エフイーラム)は厚さ数十nmという現実と同等な薄膜サイズでのシミュレーションが可能な分子動力学のソフトウェアだ。feramはフリーソフトウェアとして世界中に公開されており、誰でも自由にプログラムを使用、改良し、再配布することができる。現在、検索エンジンGoogle(グーグル)で「feram」を検索すると、日本語サイトで6番目に、Bing(ビング)では10番目にランクされ、ダウンロード数は延べ900件以上になる。 「私もフリーソフトウェアの恩恵を受けているので、私の研究を誰もが追実験できるようにferamも公開しました。ソフトウェアの名前はFeRAMに合わせてferamとし、インターネット上で検索しやすいようにしたんです。メモリの開発者や研究者にもferamを使ってほしいですね」と西松さん。
では、ソフトウェアferamは強誘電体薄膜をどのようにシミュレーションするのだろうか。 このシミュレーションを理解するには、「双極子」という概念を使うとわかりやすい。負の電荷をもった電子は誘電体の中を自由に動くことはできない。では、なぜ電気的な偏りができるのか。誘電体を電場の中におくと、結晶中の原子の位置がわずかにずれることによって微小な領域に電気的な偏りが生じる。これは、正と負の点電荷が微小な距離で離れて存在すると考えることができる。この状態を電気双極子あるいは双極子と呼んでいる。これらの双極子の動きによって、物質全体の電気的な偏りが決まるというわけだ。
強誘電体薄膜シミュレーションの第1段階として、まず対象とする強誘電体の物性を第一原理計算で決める。チタン酸バリウムの場合は、チタン原子とバリウム原子が1原子ずつ、酸素原子が3原子入っている一辺が0.4nmの立方体の単位格子が計算の対象だ。格子定数や弾性定数、格子振動の様子(フォノン物性という)は第一原理計算で比較的簡単にかつ高精度に求めることができる。
次は、原子の変位の大きさとエネルギーの関係について調べる。強誘電体の特徴は、自発分極がおこることだ。分極するとはつまり、原子が変位することを意味する。単位格子内の原子を変位させると格子全体のエネルギーも変わるが、西松さんは第一原理計算ソフトウェアABINITを改良し、原子の変位に対してエネルギーが最小となるいろいろなパラメータを決めることができる手法を開発。feramとともに活用している。これらのパラメータは有効ハミルトニアンとして構築され、feramでの分子動力学計算で必要になる。
「第一原理計算によって有効ハミルトンのパラメータを25個も決めます。これだけ決めるのは難しいですが、自動的に簡単に計算できるように工夫しました」。
西松さんが魂をこめた研究の一つだという。 第一原理計算で求めた25個のパラメータの情報を用いて、feramで分子動力学計算を行う。feramでは、双極子同士の相互作用をどう表すかがポイントだ。双極子同士は、お互いの距離の3乗に反比例して力を及ぼしあう。スーパーセルと呼ばれる数十×数十×数十個の格子状に並んだ単位格子一つ一つに双極子をおき、双極子同士に働く力を計算し、双極子の運動を、時間を追ってシミュレーションする。第一原理計算では取り入れるのが難しい温度や外部の電場など条件を変化させつつ、シミュレーションできるのがferamの特徴だ。

feramで高速フーリエ変換を実現

双極子同士の力の特徴は、異方的な長距離力であることだと西松さんは言う。遠く離れた双極子の影響が大きくでるために、シミュレーションする物体のわずかな形の変化で全体の双極子の動きも変わってしまう。特に問題となるのが物体の端をどう扱うかだ。巨視的には物体とそれ以外の空間の境目ははっきりしているようでも、微視的には、境目付近で電子が複雑にふるまう。そこでは、物体と空間の境目をはっきりと決めることができないため、シミュレーションが難しい。この境目の問題自体も面白い研究テーマなのだが、今回の目的のようなある程度大きな系の挙動を知りたい場合には、やっかいな問題となる。また、双極子同士の相互作用が長距離力であることによって、端がある(有限)系と無限系では、計算結果が異なるという問題もおこる。
加えて、有限系では計算方法においてもデメリットがあった。双極子同士の長距離力を現実的な規模で計算しようとすると、非常に時間がかかってしまう。厚さ数十nmとは言っても、双極子の層に換算すると100層以上の大規模な計算なのだ。 「端の問題と計算速度の問題は悩みの種でした。ところが、あるとき、研究者との議論の中で両方の問題を解決できる、すばらしいアイデアを思いついたんです」と生き生きと語る西松さん。それは、どんなアイデアだったのだろうか。

薄膜コンデンサとは、強誘電体の薄膜を金属の2枚の板で挟んだ構造をしている。ここで、強誘電体薄膜が自発的に分極していれば薄膜の表面に電荷が現れる。もし、2枚の金属の板が電線でつながっていれば金属中の電子は自由に動くことができるので、金属板の表面には薄膜とは反対の電荷が現れる。あたかも薄膜と金属の間に鏡があるかのように、同じ大きさで符号の違う電荷が金属板に現れるのだ。2枚の金属板の間に強誘電体を挟むコンデンサの構造だと、2枚の金属板があることによって合わせ鏡のような役割を果たし、強誘電体の像が合わせ鏡の向こうに無限にあるような状態が生まれる(図1)。つまり、計算したい領域は薄膜だけなのだが、その鏡像が薄膜の上下に無限に続いていくと考えることができる。 「合わせ鏡のアイデアを思いついたときは、“これだ! ”と思いましたね。feramでは、仮想的に薄膜を無限で、かつ周期的な構造として計算することによって、高速フーリエ変換を用いることができるようになり、これまでよりもずっと速い計算が実現できました。強誘電体薄膜コンデンサのシミュレーションを高速フーリエ変換で行っているのは世界中で私のferamだけです」。

 

すでに西松さんの研究では、外部から与える電場の変化によって薄膜の電荷の偏りがどう変わるかを示すヒステリシス・ループを不活性層がある場合で計算し、不活性層が強誘電体コンデンサの性能にどのようにどんな悪影響を及ぼしているのかを明確にした(図2)。

今後の研究の方向としてスパコンを用いた新しい展開も考えているそうだ。このシリーズで紹介してきたModylasやRSDFTは、ノード間の通信を工夫することで、なるべくたくさんのノードを使った大規模な計算を行おうというものだった。feramの場合は、使うノードは一つだけである。 「材料開発においては、相図を描くことが重要です。温度や外部電場の変化に応じて物性がどう変わるか、スパコンの大きな容量を利用し(キャパシティコンピューティング)、1ノードの計算を、条件を変えてたくさん行うことで、相図を描くための統計的なデータを集めることができます。feramを使って、スパコンの新しい利用法を開拓していきたいです」。 feramはスパコンの新しい可能性を広げてくれそうだ。