井上 晴夫 いのうえ はるお
首都大学東京 戦略研究センター 教授
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まず、私の目下の研究テーマである「人工光合成」の話をしましょう。人工光合成とは、太陽光と水の電子を用いて物質を還元し、水素や炭水化物などの高エネルギー物質を生成するしくみです。太陽電池などとは異なり、必要なときに必要な量の燃料を取り出せる、還元反応が新たな汚染物質を生まないなど、エネルギーとして、また物質循環の視点からも理想的な次世代エネルギーシステムだと考えられています。 そうはいっても、自然界での巧妙なしくみを実現するのはなかなか難しいのです。自然の光合成では、光子をとらえ、また反応途中の物質の活性化状態を維持することにより、4つの光子で段階的に水から4つの電子を引き出し酸素を発生しています。一方、われわれは、1光子2電子酸化反応に注目して研究を進めてきました。近年、大きなブレークスルーがあり、実際に水を原料とする人工光合成が視野に入ってきています。現在、密度汎関数法による電子状態計算も併用しつつ、反応機構の解明に取り組んでいます。 日本の理論化学は世界の中でも高いレベルにあります。しかしながら、計算手法の検証や応用の段階で、計算の側から理論家だけでアプローチすると、第一線の実験化学の課題としてのリアリティに欠けたものになりがちです。手法の開発だけでなく、それを検証し、さらに道具として普遍化していくには、手法自体から少し離れた、いわゆる「インタープリタ」としての視点をもった人材が今後不可欠になるのではないでしょうか。分野振興という立場から複数の研究グループで研究に取り組むCMSIの拠点研究員は、単にグループ・分野間の情報共有・交流を促進するだけでなく、このような新しいタイプの人材としても育っていくはずです。 CMSIの中だけでなく、将来的には、例えばプロポーザルに応じて実験家のもとに3カ月程度滞在するような枠組みに広げていってはどうでしょう。実際、実験化学の現場でもかなり高度な電子状態計算を行うようになってきていますが、計算の初期の段階で理論家のサポートを受けることができれば、実験の解析は今よりも格段に進歩するでしょう。また逆に、実験家とのやりとりの中で実験化学のエッセンスを吸収することは、理論家にとっても大きな刺激となるはずです。さらに新しい視野が開けるのではないでしょうか。 現実の物質における個々の階層のメカニズムの解析から、それを一般化し階層をつないで、新物質の予測・デザインへ。われわれ実験家もこれからの計算物質科学に大いに期待しています。 (2011年8月11日計算科学研究機構にて)
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