新物質・エネルギー創成研究者が期待する計算科学
橋本 和仁 はしもと かずひと
東京大学大学院 工学系研究科/先端科学技術研究センター教授
わが国の基礎研究、特に理論や計算では、多くの優秀人材が、自分の役割は基礎研究だ、自分は応用研究には向いていない、応用研究は基礎研究に比べておもしろくない、などと考えているようです。しかし、それは違います。応用研究にも極めて独創性が必要です。
私自身、基礎化学の出身ですが、1990年頃に酸化チタンを菌や汚れの分解に使えるのではないかと思いつきました。これは単なる応用です。しかし、 幸運なことに、研究の過程で光を当てると表面が非常に親水化するというサイエンスとして新しい現象も見つかり、しかもそれは実用技術としても展開して、建築、農業から土木にいたるまで、現在も応用が広がり続けています。
異なる分野への研究展開は、実はそれほど難しくありません。基礎研究でオリジナリティの高いアイディアをもっている人は、応用研究でもオリジナリティの高いものが出せるようです。出口を見据えた応用研究には、異分野研究者やマーケットとの双方向の情報交換の場をつくることも大切です。 その意味で、CMSIの3つの拠点あるいは神戸のスパコン拠点を、継続的に企業の方が入ってこられるような場にすることが重要だと思います。われわれ実験家も、高効率の有機太陽電池や可視光光触媒物質の探索において、バンド計算を使った物質設計を試みています。しかし、われわれの計算レベルでは、実際に合成してできたものとは全然合わないことが多い。そこで、何をやるかというと、運よく当たるまでどんどんつくるわけです。計算科学の専門家に期待するのは、そんなわれわれの直感を下支えしてくれることです。メカニズム解析も重要だけれども、本当に欲しいのは、どの方向に行ったら確率が上がるのかという作業仮説なのです。
機能部材、ナノ材料の応用研究の分野で、アカデミアへの期待はますます大きくなってきています。研究をもって社会に貢献するということをミッションの一つと捉えるのであれば、実験科学者や企業と組んで応用研究を進めていくことによって初めて、いわゆる学術も守っていける、そういう時代になってきているのだと思います。