ERmodを活用した高分子機能膜設計に向けて
茂本 勇
しげもと いさむ
東レ株式会社 先端材料研究所 主任研究員
東レでは、地球環境問題に先端技術で貢献するグリーンイノベーション事業を全社プロジェクトとして展開しています。本プロジェクトでは、次世代のエネルギー源として期待される燃料電池用の高分子電解質膜や、乾燥地域における水資源確保の手段として注目される海水淡水化用の逆浸透膜など、地球環境問題の緩和・解決には欠かせない先端素材として高分子膜が大きな期待を集めています。そのため私たち計算化学グループは、高度な選択的透過性を備えた高分子膜の設計を目標に、分子シミュレーションによる物質透過性解析技術の開発と応用に取り組んでいます。
物質の透過性を決める要因には、拡散性と溶解性の2つがあります。前者については分子動力学計算で拡散係数を求め、後者については溶解自由エネルギーを計算するというのが、私たちが最初に考えたアプローチでした。ところが、自由エネルギーは分子シミュレーションにおいて最も計算負荷の高い物理量の1つであり、高分子に対する低分子の溶解自由エネルギーを現実的な時間と手間で算出できる方法はありませんでした。
そのような問題意識を持っていた2007年、ある講演会に、松林先生と私が偶然同時にゲストとして招かれたことがあり、エネルギー表示法について講演いただいたことをきっかけに、共同研究をお願いすることにしました。オリジナルのプログラムは高分子のような巨大分子への適用は想定されていませんでしたので、高分子と低分子との相互作用エネルギーの計算方法やエネルギー汎関数の改良など、松林先生のご指導をいただいて研究を進めた結果、現実的な計算時間と精度で溶解自由エネルギーの計算が可能な技術を構築できました。昨年末には、J.Chem.Phys.に松林先生と共著の論文が掲載されています。また、現在では高分子電解質や分離膜について本技術を用いた成果が徐々に出始めており、会社内でも高く評価されています。
このように、私たちは幸運にもERmodにたどりついたわけですが、企業研究者が汎用ソフトでは不可能な最先端のシミュレーションを行いたいと考えたとき、企業のニーズにマッチするソフトを探し当てることは容易ではありません。そのため、MateriAppsが整備されつつあることは、今後の産学のマッチングを進めるうえでとても有益だと思います。特にチュートリアルと論文紹介が充実していると、実際の研究にどのように役立てていくかがイメージしやすくなるので、とても助かります。
逆浸透膜の分子モ デルと膜中の自由 体積分布 |