《part-2》 CMSIのネット配信講義
下司 雅章
げし まさあき
大阪大学 ナノサイエンスデザイン教育研究センター 特任准教授
CMSI人材育成事業が今年度から本格始動しました。大阪大学を配信元として「計算科学技術特論A」を、教育拠点大学をはじめとする10カ所にテレビ会議システムを利用して配信しています。本講義は録画し、CMSIのホームページでも公開されています。平成26年度は「計算科学特論B」を実施する予定です。大阪大学では大学院の単位が認定されます。
これまで計算科学の研究者の育成は、全国に散らばった個々の研究室に依存しており、数値計算の技術はそれぞれの研究の必要に応じて必要なことだけを各自で勉強して習得してきた場合がほとんどだと思います。しかし、計算機はかつてのベクトル計算機から超並列タイプに主流が移り、ハードの構成も複雑になってきています。これを熟知して十分に性能が出るようにプログラミングをすることは、一研究室や一個人の努力のみではかなり大変な状況になってきています。かつては、「まずシリアルで走るものをつくって速度が問題になってきたら並列化をする」と考えられていたようですが、今では開発するソフトウェアが大規模で長時間の計算になることが最初からわかっているならば、最初から並列アルゴリズムを考えた上で開発を始めないといけないとされています。つまり、開発を始める段階で、並列化などのHigh Performance Computing (HPC)の知識をもっている必要があります。世界的に有名な計算科学ソフトウェアはほとんどが欧米のもので、これと戦えるものをつくるということは、もはや開発を行っている研究室が個別にできるものではなく、日本全体で若手を育成していくことを目標にして、共通のカリキュラムを用意して取り組む必要があると思われます。
CMSIで育成すべき人材は全国に散らばっていますので、テレビ会議システムを用いて同時に講義を提供するのが効率的です。これによって、教員が忙しくてゼロから学生を教え込めない状況でも、最低限の知識はネット配信され、各教員はそれぞれの研究室のテーマに合わせて付け加えて指導することで、負担を軽減することができます。
今後の計算科学に必要な人材は、ソフトウェア開発ができる人材と、ソフトウェアを使って研究を進める人材(ユーザー)の2つに大別できます。前者は計算科学の学術的進展に欠かせない人材であり、サイエンスの能力のみならず数値解析やアーキテクチャーの知識をもち、それらの専門家と連携できる能力も必要です、後者は今後、実験家がこれまでよりいっそう増え、計算科学が実験ツール並みに利用されていくことによって増えていくと予想されます。前者のカリキュラムでは、各分野に共通する技術や知識は共通科目として提供し、それぞれの手法に特化した技術については専門科目として提供します(図1)。ユーザー養成においては、それぞれの手法の基礎理論の概略や種々の方法について講義し、応用事例を紹介します(図2)。そして、もっとも大事な講義は、実習を行い、実際に使えるように訓練することです。このように、開発者養成とユーザー養成のそれぞれに合ったカリキュラムを策定して、コミュニティ全体で育成する体制を整えていく必要があります。 人材育成は、ハードとしてのスパコンをつくることと両輪の関係にあります。京コンピュータの次のエクサフロップス級のスパコンの検討が始まった今、その稼働時には即座に対応できる人材を、今からそこに焦点を当てて育成していかなければなりません。また、優秀な人材を確保することも不可欠なことですので、 10年後に活躍すべき世代に対する啓蒙活動も最重要課題の1つです。本講義は、大阪大学で社会人や大学院生の教育として10年前から実施されてきたノウハウの下に実施されていますが、この方式は今後の大学院教育においてのモデルケースとなると思います。