金属系構造材料の高性能化のためのマルチスケール組織設計・評価手法の開発
話し手:香山 正憲 こうやま まさのり
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聞き手:志田 和人 しだ かずひと
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この重点課題の目標
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鉄鋼など金属系構造材料の機械的性質を原子・電子レベルから解明し、設計することを目標としています。金属の強度は転位(線状欠陥)の動きやすさで決まります。そのため金属材料は単結晶でなく多結晶(結晶粒集合体)で、化合物を析出させた「微細組織」をつくっています。微細組織では、粒界(結晶粒間界面)や析出物、固溶原子、欠陥集合体等で転位の動きを妨げて高強度を実現しているのです。
このような金属の単純な欠陥や界面の第一原理計算は可能ですが、析出物/金属の非整合(部分整合)界面では格子ミスフィットのため数千~数万原子のきわめて大きなスーパーセルが必要になり、第一原理計算は困難です。本課題では、「京」と最新計算手法を駆使して、異相界面、粒界、転位などの大規模第一原理計算を実現し、微細組織の詳細な原子間結合やエネルギー、力学挙動、さらに合金成分・添加元素の効果を解明します。
計算手法
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本課題では、大規模第一原理計算コードOpenMXが使われています。OpenMXは、密度汎関数理論に基づき局在原子軌道基底で電子構造を計算するもので、原子ごとに一定範囲内のクラスタで密度行列を求め、自己無撞着に電子構造、全エネルギー、原子に働く力を計算します。電子構造を局所的に解くので、トータルの演算時間が原子数に比例するオーダーN 計算が可能です。「京」による大規模並列化が期待され、最適化が進められています。
一方、平面波基底PAW法コードQMASも使用します。大きな系は扱えませんが、局所応力・局所エネルギー計算が可能で、界面・粒界、転位の周りの応力やエネルギーの分布を高精度に求めることができます。
異相界面の第一原理計算
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チタンカーバイト(TiC)/鉄界面の計算からスタートしています。鉄鋼では、TiC、ニオブカーバイト(NbC)、炭化バナジウム(VC)などを析出させて機械的性質を向上させます。固溶した遷移金属原子と炭素(C)原子が化合物相として析出するもので、初期には鉄(Fe)(100 )// TiC ( 100 )、Fe[100]//TiC[110]の関係で、Fe原子とC原子が1対1にそろった配置の「整合界面」が形成されます。格子ミスフィットのため、軟らかい鉄のほうが界面に平行方向に少し伸びて整合界面になります。整合界面そのものは安定です。しかし、析出物が成長していくと鉄側の歪エネルギーが増え、全体として整合界面形成による利得を上回るため、整合性を犠牲にしても歪みが小さい「部分整合界面」に変化すると予想されます(図参照)。
整合界面、部分整合界面の両者を第一原理計算で扱うこと、析出物周囲の歪エネルギーを良好に見積もることが必要となります。部分整合界面の第一原理計算は、セル内の原子数が数千~数万個と大きく、「京」とOpenMXの組み合わせでしか実行できません。現在、部分整合界面の安定原子配列やエネルギーの計算結果が着々と得られてきています。一方、界面近傍の応力では、QMAS計算で界面Fe原子の電子構造に由来する新しいタイプの応力が見いだされており、学術的に注目されます。
鉄鋼では、固溶している水素が脆性破壊を招くため、析出物/鉄界面に水素を捕獲させることで脆性破壊を抑える効果が期待されています。今後、整合界面、部分整合界面の構造を求めることで、水素捕獲についての具体的な検討を進めます。さらに、転位や粒界についても、OpenMXによる大規模計算が望まれます。転位の場合、固溶している添加元素との相互作用の解明が注目されます。
化合物/鉄の整合界面(左)と 部分整合界面(右)のモデル。 NbC(100)/Fe(100)界面の例 (新日鐵住金・澤田英明氏作成)。 |
社会へ及ぼす効果
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優れた強度・靱性、耐熱性をもつ構造材料の開発は、各種発電装置や内燃機関における高効率エネルギー変換、輸送車両軽量化による省エネルギー化を可能にし、また高信頼性の大型構造物など、安全・安心の社会基盤を築くために不可欠な技術です。構造材料では、希少元素が添加元素、合金成分に用いられる場合も多く、本課題における微視的な解明は、希少元素代替技術開発にも大きく貢献するものです。