燃料電池関連物質における基礎過程の大規模計算による研究
話し手:杉野 修 すぎの おさむ
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聞き手:城野 亮太 じょうの りょうた
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燃料電池分野の現状と課題
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城野 スーパーコンピュータ「京」は約8万3000ノードからなる超並列計算機ですので、より現実に近い環境を扱うことができるようになりますが、その一方で、今までのモデル計算では見えなかった問題が浮上するということもあるかと思います。燃料電池の分野では、方法論についてどのような問題があるのでしょうか。
杉野 大規模系を直接計算することができるようになったおかげで、電極界面を露わに取り扱うことができるようになりました。ここで重要なことは、電極界面での化学反応をシミュレートする際は、通常の溶液中の反応と異なり、電圧が印加されたことによる電場の効果を考慮する必要があることです。しかし、これまで分子が置かれている現実的な環境の構築についてはあまり注意が払われてきませんでした。とくに電極界面における電圧一定のシミュレーション技法は、実デバイスの界面で起きている現象の解明には欠くことができません。われわれのグループでは電圧を一定に保ったシミュレーションを行うESM (Effective Screening Medium)法を開発し、これまでに多くのシミュレーションパッケージに組み込んできました。統計量を計算するための他の技法との組み合わせにより、電圧印加時の電極界面のさまざまな物理量を計算することが可能となっています。
城野 ESM法によって、はじめて電極界面を正しく表現できるようになるということですね。燃料電池で用いられている電極界面に関して、今どのような解決すべき問題があるのでしょうか。
杉野 ひとことで言えば、白金代替の元素戦略です。しかし、これを実現するのは簡単ではなく、実際に起きている現象を計算によって再現し、反応機構を理解したのち、代替金属を提案するというプロセスを経なくてはなりません。水素分解を行う白金電極表面の反応は、電気化学実験によって詳しく調べられており、われわれの計算の精度を検証するのに最適です。予備計算から、水分子を白金表面から1ナノメートル程度まで配置することによってバルクと表面近傍の両方の水の性質を再現できること、100ピコ秒以上のシミュレーションを行うことによって水素結合の組み替えを観測できることを確認してきました。これらの知見をもとに「京」を用いた計算から、これまでに開発してきた方法論によって電極界面のさまざまな物理量が計算可能であり、かつ精度よく再現することを示そうと考えています。
実験科学者との連携
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城野 「京」を使うことによってどのような物理量が計算可能になるのか、という視点は、燃料電池に限らずさまざまな分野で重要ですね。5年後、10年後に「京」を多くの研究者が身近に使えるようになったとき、新たに方法論の開発から始めるのではなく、いきなりサイエンス・テクノロジー指向の研究が開始できるように体制を整えるというのは、実験科学者自身が計算を始めるようになった現在、環境整備として重要な仕事だと思います。白金代替は元素戦略プロジェクトの中でも重要な研究課題ですが、CMSIでの連携体制はどのようになっているのでしょうか。
杉野 計算によって実験現象を精度よく再現できるということを示すには、実験科学者とのコミュニケーションが欠かせません。また、白金代替へのアイデアは、CMSI内だけで考えるよりも、さまざまな意見をもとに設計するほうが効率的だと考えています。今後は、企業の研究者との交流や元素戦略プロジェクトとの連携を定期的に行うことで意見交換をしていく予定です。
城野 最後に、今後の展望について聞かせてください。
杉野 界面系は今後、放射光・レーザー・中性子などによる大型実験や、界面に敏感な測定が次々に行われ、静的な原子構造や動的過程が詳らかになろうとしています。その結果、例えば微視的電気化学という分野が発展し、それが新しい融合科学領域を生み出し、さらに予想もつかなかったような応用につながっていくと思っています。理論も、励起・非平衡・超高精度な領域に踏み込まなければ、実験を説明できなくなるのではないでしょうか。計算理論やコンピュータの発展・アルゴリズム開発が、さらに重要になります。