現在位置: ホーム torrent No.6 日本語版 第1部会「新量子相・新物質の基礎科学」 夏の学校レポート

第1部会「新量子相・新物質の基礎科学」 夏の学校レポート

CMSI第1部会「新量子相・新物質の基礎科学」夏の学校が、8月20~25日の6日間開催されました。大学院生やポスドク などの若手を中心としてベテラン研究者まで、約40名が参加。講義だけでなく、ディスカッションにも十分時間をとり、滞在型ならではの深い交流がはかられました。

会場となった「タカミヤビレッジホテル樹林」は、山形県蔵王スキー場にある歴史あるホテルの1つです。夜はエアコンをつけなくても安眠できる涼しさで、清涼な山の空気と自然の中、ふもとの暑さを忘れ、研究に没頭するには最適な環境でした。

量子化学のトピック「金はなぜ金色なのか?」

参加者のバックグラウンドを大きく分けると量子化学と物性物理の2つになりますが、「強相関量子多体系」を扱う物質科学であることは共通しています。明確な境目があるわけではありませんが、それぞれの専門分野を細かく見ると異なりますので、当然知識や考え方、使っている計算手法はバリエーションに富んでいます。
今回のテーマは「非平衡と強相関」で、講義の内容は参加者全員が知識を共有できる基礎から、最新の研究結果まで非常に充実したものとなっていました。また、CMSIの多くの会議はそうであるように、物理的・化学的な知見を得ることを目的とするだけでなく、分野を横断する計算手法の詳細を公開することに力を入れているところが魅力的でした。
プログラムは主に、朝9時半から招待講演者による「講義」が始まり、休憩をはさみつつ夕方まで続き、夜8時からは若手研究者の研究発表「ショートトーク」があり、そのあとは自由に議論し合うという構成でした。普段不規則な生活を送る若手研究者たちにとっては健康的な流れだったと思います。
合宿前半の講義は量子化学のトピックに焦点が当てられました。私個人としては、計算科学研究機構(AICS)の中嶋隆人先生の「量子化学計算における相対論効果」の講義が印象的でした。「金がなぜ金色か」は相対論的効果に起因し、重原子分子の内殻電子に関する相対論効果やスピン軌道相互作用が大きな役割をもつという結果は、量子化学の素人にとって純粋な面白さがありました。


テンソルネットワークへの関心が高まる

後半の講義は物性物理で、北京大学よりはるばるお越しのTao Xiang 先生による「Renormalization of Tensor Network States」は私たちのグループに関連が深く、私自身も以前Time-Evolving Block Decimation(TEBD)を学んだことがあったため、この講義を楽しみにしていました。
私は川島・藤堂グループの重点研究員として、並列化可能な世界線量子モンテカルロ法(QMC)の新しいアルゴリズム開発の任務に携わっています。QMCには統計誤差を除いて厳密で大規模な高次元系の有限温度での計算が容易であるという利点はありますが、フラストレーションのあるスピン系やフェルミ系には悪名高い負符号問題が解決できていないという弱点もあります。数値繰り込み群法から派生し発展をとげたテンソルネットワークは、負符号問題がない準厳密な大規模計算手法として近年注目を集めています。QMCにはいまだ難しいダイナミクスを、時間発展演算子のプロジェクションを行うことで追う方法もあります。テンソルネットワークにはさまざまな手法がありますがXiang先生が用いているのはPEPSでした。PEPSはテンソル積の作り方の違いを除いてDMRGやTEBDと基本的には同じ手法ですが、それらと違い2次元以上への適用が簡単であることがわかりました。この講義を聴き、ますますテンソルネットワークへの関心が高まり、ぜひ自分で手を動かしてコードを書いてみたいと思うようになりました。京都大学の原田健自先生のショートトークでもフェルミ系のテンソルネットワークが取り上げられ、そちらも非常に勉強になりました。

滞在型の研究会で若手の育成と交流を

私自身は物性物理の分野に身を置き、ボーズ粒子系および量子スピン系の格子模型を対象にQMCを用いて平衡状態での統計物理的性質や量子相を調べる研究しています。量子化学の分野からは比較的遠い研究をしていますが、講義全体を通し、これまで理解しきれなかった他の方々の研究を基礎から学べただけでなく、テクニカルな面に関しても理解が深まったと感じています。
余談となりますが、この夏の学校では講義の間にまとまった休憩時間があったため、開湯1900年という長い歴史をもつ蔵王の温泉街や高原を闊歩しながら、講義で聞いた話を思い出しての砕けたディスカッションもでき、都会(といっても柏ですが)の慌ただしさを忘れてのリフレッシュを兼ねた合宿となりました。このような滞在型の研究会があればまたぜひ参加させていただきたいですし、今後も継続することで、若手の育成と分野をまたいだ技術協力がさらに進むことを期待しています。