産官学連携シンポジウム「界面と組織制御」から
シミュレーション研究を発表する澤田英明さん。 原理原則に基づく鋼の特性向上をめざし、第一原理計算の大規模化に取り組んでいる。 |
今回の産官学連携シンポジウムは、12月6日、7日に開かれた計算材料科学研究拠点第2回シンポジウムとの共催で、2日目午後に開かれました。まず、「界面と組織制御」のテーマに沿った企業での計算材料科学の活用例が紹介されました。 新日本製鐵の澤田英明さんは、「鋼中析出物界面の構造とエネルギー」と題して、鋼の強度を決める重要な因子である析出物のシミュレーション研究とその成果を発表しました。ニオブカーバイト(NbC)などの析出物が母相の鉄の中でどういう条件でどのくらい大きくなるかは、母相と析出物の界面エネルギーから求められます。ナノサイズ以下の微小なNbCは鉄の母相と格子位置が整合しますが(下の図)、この析出物が成長するにつれて部分的にしか整合しなくなり(部分整合界面)、母相と析出物の界面エネルギーは変化します。この部分整合界面のエネルギーを計算するには、数千から数万のオーダーの原子数を考慮する必要があり、従来の第一原理計算では困難でした。そこで、北陸先端科学技術大学院大学の尾崎泰助さんが開発したOpenMXを使い並列計算を行いました。このプログラムはクリロフ部分空間を用いたオーダーN法により、多原子系を効率良く計算することができます。コンピュータは東京工業大学のTSUBAME2です。その結果、部分整合界面でのエネルギーと析出物界面の構造が明らかになりました。今後は、界面で生じるひずみも考慮した計算を行い、析出物が整合から部分整合に遷移する大きさを予測し、より強度の高い鋼材の開発をしていこうとしています。 続いて、電力中央研究所の中村馨さんが「耐熱鋼中の界面におけるクリープ損傷シミュレーション」の研究を、住友金属工業の海藤宏志さんが「Phase-Fieldモデルに基づく転位動力学計算と力学特性評価」の研究を発表しました。その内容は、計算科学が材料開発に組み込まれていることを実感させるものでした。 |
産官学連携の2つの流れ
講演後に、パネル討論「産官学連携に期待すること」が開かれました。パネラーは講演した3人と、香山正憲さん(産業技術総合研究所)、大谷博司さん(九州工業大学)、陳迎さん(東北大学)、司会は新日本製鐵の松宮徹さんが務めました。
まず、それぞれが経験した産官学連携がどんなものであったかを語ってもらい、ついで計算材料科学、工業の推進を考えたとき、どのような産官学連携を期待しているかという議題が投げかけられました。
澤田さんは、「学の人は、“企業側の産官学連携の目的は最終的なアウトプットを求めること”と思っている印象がありますが、大学には基礎的なところをしっかりやっていただきたい。それを、企業側が具体的なニーズに発想転換して、材料開発につなげていきたい」。中村さんは、「学がソフトウェアの適用範囲などを明確にしてくれると、それを使う立場の産業側の人に役に立ちます」と述べ、学は基礎づくり、活用は企業の能力でやるという産官学連携の一つの流れを示しました。
これに対して陳さんは、「産の視点から解決してほしい問題や実験データをいただけると、学が研究の焦点をどこに置くかを考えるとき、とても役立ちます」と、産官学連携のもう一つの流れを考えています。
香山さんは、「モノづくりの現場でどういう問題がおきていて、計算科学で解決できる課題はどこにあるのか。これを研究会などでオープンにしていただき、フランクに情報交換できる場があれば、生きのよいネタを使った計算ができます」と、情報交換への期待を語りました。
産官学をつなぐ方策を求める |
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パネラーの陳 迎さん。専門は金属材料、磁性材料、核燃料物性に関する第一原理計算。 |
では、具体的にどのようなことを進めていくべきでしょうか。人的な交流、インターンシップの導入についてはこれまでも言われてきました。その内容について、海藤さんは、「インターンシップの学生に、第一原理計算で周期律表の金属の電子状態を計算し、その強度と耐蝕性がなぜトレードオフになるのかを勉強してもらいました。実用的な特性につながる計算は大学では困難なので、非常に満足してもらった」と紹介しました。 「私は逆のことも考えています。企業の若手研究者を大学に派遣してもらい、いっしょに研究できれば、連携にも人材育成にもなる。そんなシステムができればいいと思います」と、陳さんが発言。 「企業がこれから何を必要としているかは、たとえば材料戦略委員会ではロードマップをつくって示そうとしている」と松宮さんが答えると、それは業界によっても異なり、小さな企業ではノウハウの守秘が厳しい場合もあるという意見もあがりました。 企業と大学では立ち位置が異なり、大学で研究したものはオープンにしなければいけない。そのため、企業と大学の間の人的な交流システムはなかなかつくれないのが現状です。とくに地方の大学が企業との情報交換で知財に縛られていることを指摘していた大谷さんは、「知財の問題は1企業を相手とするからで、複数の企業が入って共通の基盤としての知識として理解されれば、発表しやすい」と、複数企業が参加するプロジェクトに期待を寄せました。 会場からも、「自分たちのやっていることが工業的にどう応用できるのかということは、いつも気になっているのです。そこで、産学共創基礎基盤研究センターというプロジェクトをつくり、産業界の人にも大勢入っていただいています。先ほどプレゼンテーションされたような鋼の複雑な組織に関する計算は、企業の人たちと意見交換していきながらブレークダウンしていったから実現できたことです。限られた守秘義務は課せられますが、これは実現しやすい産学協働のかたちではないかと思っています」といった計算材料科学での実例や、「かつて先輩から、“俺の代では無理だからお前らがやれ”と引き継いだ研究がありましたが、そのつなぎができるのは産官学が集う研究会や学会です。計算科学もそういう段階に入っていくのだと思うのです。鉄鋼協会では、非常に熱心に継続的な教育をやられている」「たとえば、機械系と材料系をつなぐ分野横断型の研究会を開催すればよいのでは」といった提案など、活発な議論が交されました。 産官学連携は、それぞれの立場で取り組むフェーズは異なりますが、取り組む課題をいかに社会貢献に繋げるかの意識を共通にもつことが重要であると感じさせられました。 取材協力:志田和人(東北大学) |