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Kobe Satellite Workshop  (藤堂眞治)

CMSI Kobe Satellite Workshop 2013

             Recent Progress in Tensor Network Algorithms

 

 計算手法の新しい枠組み「テンソルネットワーク」

 計算物質科学のシミュレーションでは、第一原理密度汎関数法、分子動力学法など、さまざまな計算手法が使われています。これらは、電子状態に対するシュレーディンガー方程式や分子の運動を記述するニュートン方程式などを高速かつ正確に解くために開発、改良されてきたアルゴリズムです。一方で、特定の問題や基礎方程式ではなく、広く一般的な問題に応用できるアルゴリズムも知られています。例えば、モンテカルロ法は単に「計算手法」と呼ぶよりむしろ、複雑な問題をコンピュータの上で現実的な時間で解くための別の表現を与える「枠組み」と呼ぶほうがふさわしいかもしれません。
 「テンソルネットワーク」は、そのような「枠組み」のひとつとして近年注目KobeWorkShop1を集めています。量子力学にしたがう系の状態を厳密に表現するには、系のサイズ(体積)に対して指数関数的に多くの変数が必要となり、最高性能のスパコンをもってしても、メモリ容量や計算能力はまったく不十分です。しかしながら実際の系では、この膨大な数の変数すべてが一様に重要なわけではありません。テンソルネットワークは、系の状態を次数の低いテンソル(行列の一般化)の積として書き表すことで、系の性質に寄与する部分だけを小さなコストで精度良く表現する手法です。この「膨大な自由度の中から重要なものを見いだし、系の本質を記述する」という考え方は、すべての科学に共通するものです。   

分野間をつなぐ交流の場Kobe

 CMSI国際ワークショップ「Recent Progress in Tensor Network」は、CMSIシンポジウムのサテライトワークショップの1つとして、2013年10月16日~18日の3日間、神戸の理化学研究所計算科学研究機構(AICS)で開催されました。スーパーコンピュータ京が設置されているAICSには、CMSI神戸拠点をはじめ、戦略5分野の拠点が結集しており、今回のような、分野の枠を超えたワークショップの開催に最もふさわしい場所です。
 ワークショップでは、多体量子系の基底状態におけるエンタングルメント(量子的な相関)、行列積状態、密度行列繰り込み群、PEPS (Projected Entangled Pair State)、MERA (Multi-scale Entanglement Renormalization)など、テンソルネットワークの基礎理論から、量子化学計算、強相関量子系、相転移と臨界現象、光誘起相転移、ブラックホールとテンソルネットワーク繰り込み群との関連、機械学習、データマイニング、ウェーブレットにいたるまで、幅広い分野への応用が紹介されました。さらに、シミュレーションにおける演算量の最適化、テンソルネットワークの精度の詳細な解析、京における大規模並列化、テンソルネットワークライブラリの開発など、計算機科学的な観点からの興味深い講演も数多くありました。KobeWorkShop2
 ワークショップには、当初予定していた人数を大幅に超える40名以上の参加がありました。海外からも招待講演者を含め10名の参加があり、講演会場となったAICS 1階のセミナールームは連日熱気につつまれました。それぞれの講演には質疑応答の時間が十分に用意されていましたが、その後の休憩の間も活発な議論が続きました。また、セッションの合間には、京コンピュータの見学(写真)や、神戸花鳥園でのランチ、明石海峡大橋の夜景を眺めながらの懇親会などを通じて参加者同士、交流を深めました。
 テンソルネットワークは、今世紀に入って急速に発展してきた新しいアルゴリズムです。今回のワークショップでも、講演者、参加者ともに若手の割合が高く、招待講演者の大部分は、20代あるいは30代の若手研究者でした。一方で、ポスターセッションでは、中堅の研究者が若手を相手に話題を提供し議論を深めていく光景も見られるなど、世代や分野の壁を超えて、この新しい手法をさらに発展させていこうという機運に満ちあふれたワークショップとなりました。講演でも、「ファインマンの経路積分に次ぐ量子力学の新しい枠組み」(G. Chan氏)、あるいは「計算科学のための新しい言語、構成要素」(R. Orus氏)といった言葉が強く印象に残りました。    

 (藤堂眞治: 東京大学大学院理学系研究科/物性研究所)