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特集1:国際交流【国際シンポジウム】

2013年10月21日、22日に東京大学・伊藤国際学術研究センターにおいて、第1回CMSI国際シンポジウムが開催されました。時期的に、京コンピュータの共用が開始された2012年9月28日から約1年が経過したところであり、”Extending the power of computational materials sciences with K-computer”をテーマに掲げて、京コンピュータの利用により得られた研究成果の発表を中心に、超並列計算機が切り開く物質科学の新時代を展望する議論が行われました。

 

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京コンピュータ共用開始1年の成果

本シンポジウムは、下記の3つのサテライトワークショップと一体として企画され開催されたものです。
1)CMSI Tokyo Satellite Workshop2013 : Novel Electronic Structure Calculation Method
2)CMSI Nagoya Satellite Workshop2013 : Large-Scale Molecular Simulation for Understanding Molecular Mechanism
3)CMSI Kobe Satellite Workshop2013 : Recent Progress in Tensor NetworkAlgorithms
ワークショップ1)と2)は、それぞれ、京コンピュータにより計算物質科学における大規模超並列計算の展望を切り開いたRSDFT(実空間第一原理DFT計算ソフトウェア)とMODYLAS(大規模分子系の分子動力学シミュレーションソフトウェア)の成果を国内外の研究者に紹介し、今後の展望を議論することを目的として開催されました。ワークショップ3)はこれらとは性格が異なり、計算物質科学全般にかかわって、数理科学との分野融合を推進し、新規アルゴリズムの創出のための礎を築く取り組みです。それぞれのワークショップの報告については別項で紹介していますので、そちらをご参照ください。本会議初日は、諸熊奎治氏(京都大学)による基調講演で始まり、続いてCMSIの部会代表者による成果発表が行われました。2日目は海外からの11件の招待講演とサテライトワークショップで取り上げたテーマの課題と成果を共有・深化するために3つのパラレルセッションが設けられました。タイミングよく、2013年のノーベル化学賞が「複雑な化学システムのマルチスケールモデル開発」、いわゆるQM/MMハイブリッド法の開発の功績に対して、Martin Karplus、Michael Levitt、Arieh Warshelの3氏に授与されると発表された直後であったことから、諸熊氏は、講演の冒頭で受賞対象となった研究の紹介とKarplus氏についてのエピソードを話されました。そのあと、ご自身のグループの最近の研究成果として、遷移状態の網羅的探索によって多数の新しい反応機構を見いだしたことを紹介され、スーパーコンピュータがもたらす計算物質科学の威力を展望されました。非常に感銘を覚えた講演でした。各部会の研究課題に関連した招待講演では、最先端の印象深い研究成果が発表され、活発な議論・情報交換が行われました。

ソフトウェア開発はどう変わっていくのか?

以下は、本シンポジウムに参加して感じた雑感です。
計算物質科学の重要な研究課題の1つは、適用対象・現象を拡大できる新しい計算理計算モデルの開発です。QM/MMハイブリッド法は1970年代の初めに提案されましたが、(私の印象では)急速に普及しだしたのは1990年代の半ばでした。この背景には、多数の研究者の貢献により計算法とソフトウェアの改良が行われ、加えてコンピュータの性能向上があり、その一方で、生命科学の発展に伴い生体分子の機能を解明するために、実験では観測することが困難な生体中(水溶液中)における分子の構造・ダイナミクスをシミュレーションにより“観測”したいという要求が高まったことがあると考えられます。この例だけでなく、1つの計算モデルが有用性を認められて普及するにはいくつかの条件がそろわなければなりません。しかし、条件がそろうのを待って研究を始めては手遅れになる場合が多いのです。京コンピュータが実現した画期的な計算性能は、次世代の計算モデル・ソフトウェアが生みだされるきっかけになると期待されますが、これを現実のものにするには長期的視野をもった継続的な取り組みと、それをサポートする体制が不可欠です。
CMSIでは、プロジェクトで開発したソフトウェアの普及・促進をミッションの1つとして、ポータルサイトMateriAppsの運用、ソフトウェア講習会の開催、ソフトウェアの配布など精力的な活動を行っています。これに関連して、Gerhard Klimeck氏( Purdue大学)のNanoHUBについての講演が印象的でした。これは、2002年から2010年にかけてNSF(全米科学財団)のプロジェクトとして開発されたもので、ナノサイエンス/ナノテクノロジー分野のシミュレーションソフトウェア、プレゼンテーションツール、教育ツールなどをサイバースペースで共有するシステムとして、すでに世界的に展開されています。このようなシステムの進化形として(飛躍しすぎかもしれませんが)、何を計算すべきかを決めたあとは、入力データが(半)自動的に生成され、クラウドコンピューティングによって多数/大規模な計算が実行され、膨大な計算結果が(半)自動的に論文やレポートの形で出力されるようなシステムに近づいていくことを想像してしまいました(このような時代が来れば、計算のみに基づいた論文は意味を成さなくなる可能性があります)。このような時代においても、新しい計算モデルとその計算プログラムの開発は欠かすことができないものとして重要な仕事であり続けることでしょう。ただし、理論的な仕事は別として、計算モデルやプログラムの開発はソフトウェア会社、あるいは市場が十分大きくない場合は、フリーソフトウェアとして情報科学、数理科学と計算物質科学の専門家が連携したボランティアグループにより行われるようになっているかもしれません。


(北浦和夫:神戸大学システム情報学研究科)