Tokyo Satellite Workshop (岩田潤一)
CMSI Tokyo Satellite Workshop 2013
Novel Electronic Structure Calculation Method
新たな手法による
電子状態計算法の実装
2013年10月18日・19日の2日間にわたり、東京大学本郷キャンパス工学部6号館において標記のサテライトワークショップが開かれました。非経験的な電子状態計算法の実装手段として特に量子化学の分野で広く用いられているガウス型基底と固体物性物理の分野で広く用いられる平面波基底。この2つの主流以外にも、近年、実空間差分法、有限要素法、ウェーブレット基底といった新たな手法による電子状態計算の実装が増えつつあります。その理由の1つは計算機の超並列化への対応であり、例えば平面波基底を用いる固体のバンド計算コードにおいては高速フーリエ変換の利用が不可避であり、以前から超並列計算機への対応が懸念されていました。さらに、ガウス型関数や平面波基底は計算の境界条件を強くしばるものであり、表面や界面、あるいはもっと複雑な物質をモデル化する際に大きな制約となることも問題でした。
本サテライトワークショップは、国内から6名、海外から3名の研究者に講演を依頼し、実空間差分法、有限要素法、ウェーブレット基底法について、それぞれの特徴を議論し、理解を深め、あわよくば各コードに生かせる技術を盗もうという趣旨で開催されました。実空間差分法については、日本からは筆者と、小野倫也氏、野田真史氏、佐藤駿丞氏が講演を行い、海外からはGPAWパッケージの開発者の1人であるJussi Enkovaara氏が講演を行いました。有限要素法については、日本から 土田英二氏、海外からはVolker Schauer氏の講演がありました。またウェーブレットについては、日本から関野秀男氏、海外からはBigDFTの開発者の1人であるLuigi Genovese氏の講演がありました。いずれの手法も、上述の問題点を克服する要素をもっており、さらに加えてadaptivity という、やはり旧来の手法にはない特徴を共通して有することも明らかとなりました。
全電子計算への道
Adaptivityとは、例えば原子核近傍のような関数の変化の激しい箇所に重点的に計算点を配し、変化の緩やかな部分は粗い計算点ですませる、というような技法です。この技法を押し進めることで、内殻の電子までも陽に取り扱う、いわゆる「全電子計算」が可能となり、有限要素法とウェーブレット法では具体的な実装も進められていました。ガウス型関数は数学的には完全系を成しておらず、基底関数どうしが線形従属となってしまうために系統的に精度を向上させることが困難であることが知られています。「ウェーブレットは完全系を成す量子化学計算の新たな基底になるかもしれない」という関野氏の講演は印象的でした。
現在主流となっているガウス型関数や平面波基底は、計算機そのものが生まれ育ってきた時代にできたものです。そのころから比べると、現在の計算機は大きく変貌を遂げています。初期に生まれた算法が、最新の計算機アーキテクチャにそぐわないものになりつつあるとしても、われわれはすぐに他の方法に乗り換えることができません。新手法を単純に実装するだけでも多大な時間と労力を要するからです。GPAWなどはPythonを取り入れて開発時間の短縮に成功しているという話もありました。しかし、なかにはPythonに馴染んで使いこなせるようになるまでの時間を惜しんでしまうという人もいるのではないかと思います。今後、計算機がより複雑な進化を遂げるに伴って、プログラム開発のコストも大幅に増大するであろうことが、エクサに向けた取り組みの中でもしばしば議論されています。今回のサテライトワークショップは、この点について改めて考えさせられる機会となりましたが、結局何をすべきかの答えは見つかっていないというのが正直なところでした。
(岩田潤一:東京大学大学院工学系研究科)