現在位置: ホーム torrent№10 日本語版 卒業生を訪ねて 第5回

卒業生を訪ねて 第5回

齋藤正一郎

さいとう しょういちろう

 

日東電工株式会社 全社技術部門研究開発

本部機能設計技術センター第4グループ

 

大阪大学工学研究科で計算物理を専攻し、半導体・絶縁体界面の第一原理計算関する研究で博士号を取得。日東電工に入社。

P12齋藤正一朗

製品開発に応用できるシミュレーションをめざす


「卒業生を訪ねて」第5回は、日東電工の斎藤正一朗さんを訪問。齊藤さんの大学時代の研究から、同社でおこなわれている京コンピュータを用いた接着剤のシミュレーションまでお話しいただきました。

 

京コンピュータも使っての研究開発

小西: 早速ですが、日東電工ではどのような研究開発をされているのですか。

齊藤: 日東電工は、粘着テープ、高分子膜、医療部材、情報材料などのメーカーとして知られています。私の業務は、大きく分けて二つあります。一つは製品開発に直結する課題の解決です。さまざまな製品を開発する際に障害となる技術課題に対して、分子シミュレーション技術を用いてスピーディに解決していくことが求められます。もう一つは、将来の製品開発において、必要とされるであろう分子シミュレーション技術の開発です。私の部署では、ミクロな分子シミュレーションからマクロな連続体シミュレーションまでをおこなっています。

小西 :齊藤さんは電子状態計算などのミクロな計算のご担当だということですか?

齊藤: そうですね。電子状態計算も用いています。また拡散など、動きが重要になってくるような系に対しても、分子動力学法を用いてシミュレーションをすることに挑戦しています。

小西: 京コンピュータも使っているそうですが、齊藤さんはどんな研究をされているのですか。

齊藤: 数百万原子を用いた粘着剤について、京コンピュータでシミュレーションをおこないました。粘着剤は膨大な原子数から成る高分子が成分であるため、全原子について、現実系に近い空間スケールのシミュレーションをおこなうためには、高性能なスーパーコンピュータの利用が必要になりました。従来よりも現実系に近い系をモデルとしてシミュレーションをおこなうことで、現実的な材料開発に資する知見が期待できます。このような観点から、京コンピュータを用いたプロジェクト研究テーマがスタートしました。私はその中で、粘着剤の分子構造のモデル化を主に担当しています。シミュレーションのソフトとしては、大規模分子系について並列化効率の高い分子動力学プログラムを利用しています。

小西 :どのような結果が得られましたか?
齊藤: 粘着剤を基材から剥離するときのシミュレーションをおこない、剥離するときに生じる力の挙動が、実験で観測される挙動と定性的に近いことがわかってきています。
小西 シミュレーションで苦労したことは?
齊藤 :まず、実際に京コンピュータ上でプログラムを実行しようとすると、エラーでプログラムが終了してしまいました。弊社で使用しているコンピュータと京コンピュータで環境が違うので、プログラムをそのまま京コンピュータに転送してもうまくいかない。プログラムをアーキテクチャに対応させるところで時間を取られてしまいました。
私が担当していたのは粘着剤分子構造のモデル化からモデルの安定化です。粘着剤の分子モデルは、原子の数に対応する自由度だけでなく、分子同士の絡みあい等の自由度が含まれるために、エネルギー準安定構造を決定するのに苦労しました。

学生時代の教訓─正しい情報を伝える基本ルール

小西 :齊藤さんは大阪大学工学研究科で学位を取られていますが、どんな研究をされていたのですか。

齊藤: 私は、学部4年生のときから小野倫也助教(現 筑波大学准教授)の下で第一原理計算を用いた研究をしていました。同じ専攻内で、電子デバイスを研究している研究室から、当時シリコンに変わる物質として注目されていたゲルマニウム(Ge)系材料の界面物性の第一原理計算による解析の依頼が小野先生の方にありました。当時、学部4年生だった私が担当することになり、大学院を卒業するまで取り組みました。大学院時代の主な研究はGe系材料の界面物性だけにとらわれず、半導体・絶縁体界面の研究を引き続き行いました。

小西: 現在の仕事に生かされているのはどのあたりでしょうか?

齊藤: 電子論を用いて物性を考えると実験で観測される現象の理解が深まることも多く、私の知識が役に立っていると考えています。学生時代に学んできたことを利用できているので、自分の武器を生かすことができていると思います。

小西 :大学院生活を通じて学んだ教訓は。

齊藤: 先生からは、文章の論理構成について多くのことを教わりました。論文だけでなく、メール、日常会話に至るまで、正しい情報を伝える、わかったふりをしないといった基本的な部分から指導を受けました。それは社会人としても必要なことで、今も心がけています。

小西 :企業に就職しようと思った動機は何だったのですか。

齊藤: 博士号を取得すると、大学に残るか、企業に行くかということで悩みました。大学に残ることができたとしても、指導される立場から指導する立場になってしまう可能性もあると思います。私自身にはまだいろいろと学ばなければならないことが多いと考え、企業のように上司や先輩がいる立場のほうが良いのではないかと思ったことが大きかったですね。それで、分子シミュレーションの人材を採用している企業を探して、日東電工に入社しました。P13被着体-図


メソスケールのシミュレーションに向けて

小西: 入社して2年目だそうですね。仕事への抱負をお聞かせください。

齊藤 :弊社には、「チャレンジする人を応援する」という社風があります。私も、分子シミュレーションという枠組みだけでなく、新しいことに挑戦していくつもりです。

小西: 計算シミュレーションになりますか?

齊藤 :将来的に、日本の製品開発において、シミュレーションの役割は大きなものとなっていくと考えています。近い将来実現するといわれるエクサスケールのコンピュータを使うことができるようになれば、メソスケールのシミュレーションがミクロなモデルからも可能になると思います。その結果を反映させた製品設計ができればと考えています。また、製品開発に応用できるシミュレーション技術を開発し、お客様にシミュレーションの価値を感じていただけるようにしていきたいと思っています。