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全原子シミュレーションによるウイルスの分子科学の展開


なぜ京コンピュータを用いてウイルスのシミュレーションを行うのでしょうか?
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これまで分子科学の分野でよく行われてきたタンパク質のシミュレーションは、単一のタンパク質やそれにリガンドを加えたもの、もしくはせいぜい数個のタンパク質複合体を対象としたシミュレーションでした。そうではなくて、われわれはもっと多くのタンパク質が集まってはじめて生命活動としての機能をもつような巨大な系に挑戦したかったのです。そして、そのような巨大な系のうち、われわれはウイルスカプシドを選択しました。
ウイルスカプシドはウイルスの基本構成単位であり、水分子を含めた全原子モデルで表すと約1000万原子となります。この1000万原子系のシミュレーションを行うためには、京コンピュータのような高い計算能力をもつスーパーコンピュータが必要不可欠なのです。

 

京コンピュータを使うため、どのような工夫等が行われてきたのでしょうか?
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タンパク質を対象としたシミュレーションでは、長距離力を厳密に求めることはとても重要です。長距離力を厳密に求める代表的な手法としてエワルド法があります。この手法は高速フーリエ変換(FFT)を必要としますので、並列可能なノード数は200からせいぜい500と限られ、これにより系の適用範囲は原子数十万程度です。そこでわれわれは、2つの工夫を行いました。
1つは、並列計算に適したアルゴリズムの導入です。これは高速多重極展開法(FMM)と呼ばれ、8万ノードをこえる京コンピュータクラスの並列度でも、効率の良い並列化が可能です。
もう1つは、京コンピュータのハードウェアに合わせたプログラムのチューニングです。特に大規模な並列処理を行うデータの簡便化、3次元トーラスに合わせた通信処理、メモリとのデータのやり取りを減らす工夫(オンキャッシュ化)、SIMD化などに取り組みました。
これらのチューニング作業は、理研や富士通の計算機科学に精通した方々との密な交流によってはじめて可能となりました。その結果として、われわれのプログラム(Modylas)は実用の汎用プログラムであるにもかかわらず理論ピーク性能の41.1%、実際の計算所要時間は、MD計算1ステップあたり5ミリ秒を実現しています。現在は引き続きチューニング作業も行いつつ、自由エネルギーなどの熱力学量を見積もるために必要な機能の拡張などに取り組んでいます。

本研究課題の成果は、分子シミュレーションの分野やウイルス学の分野、さらに一般社会などに、とのような波及効果が期待されますか?
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ウイルス学の分野からみたわれわれの研究は、抗ウイルス剤などの創薬につながると考えています。細胞膜内のレセプタとウイルスの親和性をシミュレーションにより解析し、その原理を示すことで、阻害剤として働く新規分子の提案などを行っていく予定です。そのほか、ウイルスと抗体との親和性、人工ワクチンなどさまざまな研究テーマを考えています。これらの研究テーマは、一般社会からみれば直接人々の健康に関わってくる重要なテーマと言えます。
一方で、分子シミュレーション分野としては100万原子をこえるような大規模なシミュレーションが普通にできるようになるでしょう。そして、それによって得られる膨大なデータを取り扱う手法や熱力学量の解析方法などがより発展していくのではないかと思います。大規流によってはじめて可能となりました。その結果として、われわれのプログラム(Modylas)は模系は、生命科学だけでなく化学や材料の分野にも豊富な研究課題があります。例えば、新しい材料開発で期待されている高分子の研究などです。これまで計算化学の分野ではターゲットにできなかったさまざまな高分子の研究が今後行われていくでしょう。

最後に、今後の展望について聞かせてください。
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1つは、われわれのプログラムの普及です。今後、大規模系のシミュレーションを望む人たちへプログラムを提供する準備を現在行っています。もう1つは、より厳密な大規模系の分子論の研究です。ウイルスをはじめとした生命科学、化学、材料などの分野での大規模系のシミュレーションを行っていきます。われわれはこれらの現象について、物質を支配する原理により厳密に説明していくことをめざしています。