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グローバルに展開するアプリケーションCONQUESTの開発者・Bowlerさんと宮崎さんに聞く

アプリケーション開発の最前線から 第5回

ロンドン3連写真

次世代の半導体デバイスやDNAなど、100万個レベルの原子が集まった物質の機能・構造を予測する“CONQUEST”。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のBowlerさんと物質・材料研究機構の宮崎さんが、アプリ開発の最前線に立つ。「京」での動作を機に、日本での普及活動を本格的にスタートさせる予定だ。

「実験結果を再現したい」 ─Bowlerさんの動機

Bowler氏 「オックスフォード大のドクターコースでシリコンの薄膜成長に関する研究に関し、自分の計算した結果を実験で確かめながら推進していました」。Bowlerさんは実験研究者としての経歴をもつ。その後、原子の振る舞いを忠実に計算する第一原理計算手法は扱える原子の数に限界があると感じ、「同僚の実験家と密接に連携しながら実験での再現を求めて計算科学の研究に集中しました」。とBowlerさん。そのときに着目したのが“オーダーN法”だ。1997年、この新手法を取り入れた“CONQUEST” の開発者、キール大学のMichael J. Gillan研究室の門を叩いた。1998年にはGillan先生とともにUCLに移籍し、CONQUESTの開発拠点を築いている。

「大規模計算を行いたい」 ─宮崎さんの動機

「JRCAT(アトムテクノロジー研究体)の参加メンバーの多くが、今の日本の計算物性科学を牽引しています」。宮崎さんが1993年より参加した産官学連携国家プロジェクトJRCATでは、多くのライバルたちが第一原理計算を適用したプログラムを開発し、それを使って半導体等に関する先端的な結果を世に送り始めていた。その後、金属材料技術研究所に移った宮崎さんは、「材料科学で一歩抜きんでるには計算する原子の数を増やすことが必須」と考え、“オーダーN 法”開発に関する文献を調べた。そこで、Gillan先生のCONQUESTの論文に出会った。目を通したとたん、「これだ!」と一目ぼれ。すぐさま海外在籍研究員の資格を得て、99年に設立直後のUCL CONQUEST拠点へ合流した。「1年間はプログラム開発に没頭しました」。この日々が、日本に戻ってからの宮崎さんのアプリ普及にかける幹を形成する。

ユーザー視点のプログラム開発

2人のプログラム開発にかける思いは共通だ。「開発したアプリケーションは人に使われてこそ価値がある」。CONQUESTの創始者Gillan 先生の「ユーザー視点」のポリシーを引き継ぐ。2007年、CONQUESTは最新のオーダーN 法を用いたアプリに育っていたが、応用計算への適用を可能とするため、さらなる手法開発が必要であった。そこで2人は共同研究の公募を実施し、5件の課題を選定して限定β版ソースコードを公開。「共同研究により、アメリカ、ドイツ、フランス等、アーキテクチャの異なる各国のスパコンでナノテクやバイオ等の幅広い分野で利用されたので、高精度化や高並列化の共通課題が把握でき、使い勝手のよいプログラム開発に生かせました」、とBowlerさん。それ以降、継続して共同研究者を募っており、2012年9月現在、10グループがCONQUESTのユーザーとなり、触媒分野などへの応用にも広がっている。

超並列と計算精度で一歩抜きんでる

物質の特性を一般的な第一原理で厳密に計算する場合、計算する物質の原子数をNとすると、Nの3乗、もしくはそれ以上に比例して計算量が増大してしまう。そのため、「京」を用いても10万原子程度の計算が限界だ。しかし、電子デバイスや生体分子等では100万個の原子が集まってはじめて機能を発現するケースが多い。そこで、計算できる原子の数をもっと増やしたい。この目的で開発されているのが原子数Nに計算量が比例する“オーダーN法”である。オーダーN法にはいくつかの方法があるが、CONQUESTは電子状態をN×Nの密度行列で表す方法を用いている。ある場所の電子は遠くの電子から受ける影響は小さいと仮定し、行列の対角項近くの要素だけを残して他を0とし、計算量を最小化する。この工夫により、“オーダーN法”を実現し、電子状態と全エネルギーを求めている。
CONQUESTの最大の特徴は、「超並列計算機を効率的に利用可能なこと」、「計算した結果の精度が高いこと」と宮崎さん。語源である“Concurrent Order N Quantum Electronic Simulation Technique”の“Concurrent” は、“並列計算を前提にした”の意味だ。計算したい全領域を局所的な "partition” と呼ぶ小さな単位に分けて電子状態を計算できるように、プログラムを書く。この“partition”を構成する原子の状態により、その計算量は異なる。そのため、スーパーコンピュータの計算単位となるノードに同じ比率で“partition”の計算を割り当てると、“暇なノード”と“忙しいノード”が生じてしまい、効率的な計算ができない。そこで、ノードに割り当てる“partition”の数をその計算量に応じて最適化し、ノードの負荷を均等にする方法を開発した(図1)。
「計算機が大規模化しても、"partition” のノードへの割り当てを最適化することで迅速に対応し、より多くの原子数を扱う計算が可能になります」と宮崎さん。CONQUESTはこの超並列計算の強みにより、HPCI戦略プログラムで重点アプリに選定され、2011年4月から「京」の試験利用を開始した。次世代半導体素子として期待されるシリコン(Si)基板上のゲルマニウム(Ge)原子ハットクラスタのシミュレーションで、すでに実際の実験結果を再現し、高い計算精度を「京」で実証済だ。「オーダーNを活用した超並列動作と計算精度で一歩先に出ました」、と宮崎さんは胸を張る。

広視野の人材育成をめざす

Bowlerさんは教育にも力を入れている。「実験と計算の両方の研究の醍醐味を知っているのが私の強み。その経験を学生に伝え、バランスの良い研究者を育てたい」と語ってくれた。実験研究の道に進んだ卒業生との共同研究も実現している。
宮崎さんも理科大の客員教授として学生を受け入れ、自分の専門分野ではない生体分子のシミュレーションに取り組み、CONQUESTの活用領域を広げている。アプリ開発や利用者のコミュニティを継続的に発展させるためには、視野を広くもって若手の人材育成に取り組むことが重要だ。

「日本での普及」 ─2人の活動戦略

2人は「京」での動作をばねに、日本での普及活動の戦略を練る。
「ナノサイエンスの領域で、国際的に学生やポスドクの人材交流を促進する仕組みを設けたらどうか」とBowlerさん。「京」で動作するアプリを活用した研究交流が進めば利用者が増え、国際的なアプリ普及が可能となる。
CONQUESTはグローバルに発展してきたが、日本語のマニュアルがなく、日本での普及が遅れているのが課題だ。日本で利用講習会等を積極的に開催し、ソースコードの正式版の公開も行う予定です」と宮崎さん。CONQUESTの普及活動の機は熟している。
UCLのスパコンを保有する情報サービス部門学術計算サービスグループ長のClare Gryceさんは、「Bowlerさんと宮崎さんの日英共同研究がさらに多くの共同研究につながってほしい」と、UCLの研究者にとって新たな機会がもたらされることを期待する。CONQUESTは分野や国を超えた連携活動を促進してくれそうだ。これからのBowlerさん、宮崎さんの活躍から目が離せない。

取材:古宇田光(CMSIプロジェクトマネージャ)