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計算物質科学の明日をつくる若手リーダーたち

CMSIの拠点研究員

CMSIでは「拠点研究員」という新しい制度を導入しています。拠点研究員の役割・ミッションはいろいろですが、活動の目的は、計算物質科学の振興と発展です。このポジションがどのようにして生まれ、その役割が決まったのかを紹介するとともに、拠点研究員として実際に活動を始めた新メンバーに心意気を語ってもらいました。

 

物質科学の源流から奔流へ

 

物性、分子、材料、3つの分野の計算科学研究者によってつくられるネットワーク型組織「計算物質科学イニシアティブ(CMSI:Computational Materials Science Initiative)」。CMSIは、文部科学省の補助金を受けて「HPC(I ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)戦略プログラム」分野2<新物質・エネルギー創成>を推進しています。計算物質科学は、理論と実験をつなぎ、科学と技術の次の扉を開くことを目指しています。研究対象は分子1個から実用材料まで多種多様、高度な計算が拓く若いサイエンスです。目標は、世界一の性能をもつ「京」を頂点とするスーパーコンピュータを活用し、物質科学の源流を物質機能とエネルギー変換を操る奔流に拡大・深化させることです。
CMSIの戦略プログラムの特徴は、現在注目されている特定のホットトピックスに関する先端的な研究開発に加えて、計算物質科学の次の世代の展開につながる研究・開発の基盤形成をも大きな目的のひとつにしていることです。そのために、CMSI では、シンポジウム、ワークショップ、実習、実験研究者との連携等を通じて、この分野に関心をもつ人たち、とくに若手研究者のネットワークを構築していきます。そして、これらの人材が計算機の利用、プログラム開発、プログラム利用、すべての面にわたって新しい研究・開発基盤を形成していく活動を支援します。また、研究成果だけでなく、人材、ソフトウェア、データも、広報誌やホームページ等を通じて紹介し、世界に発信する拠点づくりを進めます。これらの分野振興や発展の活動を担う人材として、CMSIでは「拠点研究員」という他に例をみないユニークな制度を取り入れています。

 

ハードウェア開発トレンドに呼応した新しい研究・開発体制の必要性

 

すべての物質は原子や分子から成り立っています。計算物質科学の目的は、原子や分子の集まりとして物質のふるまいをとらえ、そのふるまいを記述する基礎方程式をコンピュータで解き、物質としてどのような性質をもつのかを予測。また、実験結果を検証し、機能発現機構を理解し、さらにはそれを物質設計に役立てることにあります。
計算に用いるコンピュータは、主に計算を行う演算部(CPU)、データや結果を保持する記録部(メモリ)、CPUやメモリの間をつなぐ通信部(ネットワーク)で構成されています。より大規模な物理系のシミュレーションを行ったり、従来時間がかかっていた計算をより高速に行ったりするため、複数のCPUとメモリのネットワークからなるスーパーコンピュータを用います。近年の大型計算機の明らかなトレンドは、CPUの動作速度の加速が鈍っていることからくる、マルチコア化や大規模並列化であり、例えば、「京」は64万個もの計算コアをもっています。このような超並列計算機を有効に使うには、従来の延長上にない、革新的なアルゴリズム・ソフトウェアの開発が必要です。計算性能の向上が主として単一コアの動作速度の加速によるものであった21世紀初頭までは、既存のプログラムを大きく改変せずともハードウェアの性能向上の恩恵を受けることができ、その意味で、「待っていれば速くなる」時代でした。計算機ハードウェアの新しいトレンドは、従来とは質的に異なる研究体制を要求しています。
これまで、先端的な物理化学現象を解明するソフトウェアの開発は、研究室の単位で開発・維持されるケースがほとんどでした。しかし、大規模な計算機の利用を想定したソフトウェアは、研究開発に多大な時間と労力を要し、かつ、プログラムの改良が複雑になります。そのため、計算物質科学の振興発展に寄与する、有用であり、かつ多くのメンバーが利用しうるソフトウェアは、継続的にプログラムを継承していくためにも組織的に維持管理し、発展させていくことが必要になってきました。この課題の解決に向けた取り組みが「拠点研究員」制度の誕生につながっています。

 

拠点研究員の役割とミッション

拠点研究員

CMSIでは、「京」を利用して、計算物質科学の特定の重要課題に取り組む「重点研究員」と、計算物質科学分野の振興と発展を担う「拠点研究員」を、明確に区分して募集し、採用しています。重点研究員が現在もっとも緊急に成果をあげることを要求されている課題の解決に携わるのに対して、拠点研究員の役割は、次の世代の計算物質科学の発展の上で重要な課題解決や基盤整備を推進することです。すなわち、「計算物質科学分野で広く用いられる新しい方法論や基本技術の開発」、「計算物質科学分野で多くのユーザが見込まれる重要アプリケーションソフトウェアの開発・普及」、「高度な並列化技術、高速化技術を応用したコード開発と、それを利用した計算物質科学研究」「、実験家や企業研究者を含めた多くの人に成果を利用してもらうための公開環境の整備」が主な役割です。これらのミッションはすべて、最先端の計算物質科学の学術的な成果を普及発展させ、社会に還元するところまでつなげ、計算物質科学が人びとの身近な課題を解決するためのツールとして利用されることを志向しています。
CMSIが取り組む研究課題は、超伝導などの物質機能発現機構の解明をはじめ、今後ますます重要となる次世代エネルギーの生成・貯蔵、高速化が頭打ちに近づく半導体デバイスのブレークスル―を目指す研究、ウイルスなど人類の脅威となる分子の制御機構の解明、また、希少元素を用いなくても同等な性能を発揮する磁性材料や構造材料など、人類が地球上で豊かに生きていくために必要なものばかりです。計算物質科学がこれらの領域の理論と実験を結びつけ、その成果が学術や社会の発展に寄与できるよう、拠点研究員はそれぞれのカテゴリー(図を参照)で努力していきます。

 

拠点研究員の活動の輪を世界へ

 

拠点研究員が所属する研究機関は、物性、分子、材料の戦略機関の各拠点(東京大学物性研究所、自然科学研究機構分子科学研究所、東北大学金属材料研究所)のほか、分子サブ拠点(東京大学大学院総合文化研究科)、材料サブ拠点(産業技術総合研究所関西センター)、および、産官学連携拠点(産業技術総合研究所、物質材料研究機構)です。また、2011年4月に計算科学機構内に立ち上げられたCMSI神戸拠点は分野融合拠点として位置づけ、拠点研究員とともに、分野振興活動を先導し、全体のコーディネートを担うCMSI特任教員を配置します。
拠点研究員の活動の場は、所属機関に限りません。計算物質科学全体を活動のフィールドとし、物性、分子、材料分野の融合を促進していきます。そして、2カ月に1回のペースで、CMSI若手技術交流会を開催し、大規模計算に必要な要素技術の講習会、各分野が抱える課題の議論、将来のスパコンのあるべき姿などについて、意見交換を行っていきます。交流会の企画・運営は、拠点研究員自らが行っていく予定です。
こうした拠点研究員の活動を通して、将来の計算物質科学を支える若手同士のコミュニケーションの輪を、世界に向けて広げていきます。